広島高等裁判所 昭和47年(ネ)136号 判決 1974年10月17日
控訴人
和崎幸市郎
右訴訟代理人
広沢道彦
被控訴人
磯村マサコ
右訴訟代理人
於保睦
外三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
<前略>
三、控訴代理人は予備的に次のとおり述べた。
控訴人は、本件訴状をもつて、被控訴人に対し次のような正当事由に基づき、本件賃貸借の解約の申入れをする。<正当事由に該当する具体的事情は省略する>
四、被控訴代理人は、控訴人の予備的主張につき、次のとおり述べた。
(一) 控訴人の主張は請求原因の追加的変更となるところ、控訴人は、従来信頼関係の破壊に基づく本件賃貸借契約の即時解約を主張しながら、予備的請求原因において自己使用の必要性を正当事由とする解約を主張するものであつて、この両者は請求の基礎に同一性を欠くから、控訴人の本件予備的主張は許されない。
(二) 仮に控訴人の本件賃貸借契約解除の主張と解約申入れの主張との間に請求の基礎の同一性があるとしても控訴人が、控訴審の結審間近となつている時期に、予備的とはいえこのような主張をすることは、被控訴人の防禦に重大な混乱を来たすものであつて、著しく訴訟手続を遅滞させ、かつ訴訟の完結を遅延せしめるものでるから、却下されるべきである。
(三) 仮に控訴人の解約申入れの主張が許されるとすれば、控訴人主張事実のうち被控訴人の従来の主張に反する部分を否認する。<後略>
理由
第一先ず控訴人の賃貸借契約解除の主張について考えてみる。
控訴人が昭和三六年九月頃、本件家屋を被控訴人に期間を二年間と定めて賃貸し、昭和三八年九月同一条件で右賃貸借を更新し、更に昭和四〇年九月二日、期間を同年九月一日から昭和四二年八月三一日まで、賃料を一カ月一万六、〇〇〇円と定めて、右賃貸借を更新したことについては、当事者間に争いがない。なお、弁論の全趣旨によると、右賃貸借は昭和四二年九月一日以降は、法定更新により期間の定めのない建物賃貸借となり、現在に至つているものであることが認められる。そして<証拠>によると、被控訴人は本件家屋に賃借当初から独りで居住して花屋を営んでいることが認められる。又控訴人が被控訴人に対し、本件訴状において、その主張のとおり本件賃貸借契約解除の意思表示をしていることは、本件記録上明らかである。
控訴人は、被控訴人が昭和四一年一〇月頃本件家屋において金一〇万円の盗難にあつたとして、警察当局に対し控訴人の妻である訴外和崎ヤツエが犯人である旨告げたため、同訴外人は警察に呼び出され、厳重な取調べを受けて精神的打撃を蒙つた旨主張するので考えてみるのに、<証拠>並びに弁論の全趣旨によると、訴外和崎ヤツエが昭和四二年一月一三日午後一時ごろから約二時間警察署において取調べを受けたこと、同訴外人が同月下旬ころ、右取調べを受けたことを苦にして服毒自殺を図つたことが認められるけれども、同訴外人が右取調べを受けた理由は、此の点に関する原判決判示のとおり(原判決四枚目裏の三行目から六枚目表の六行目まで)であつて、警察官が同訴外人を取調べたのは、必ずしも被控訴人が同訴外人が犯人であると告げたためではないことが認められる。
次に控訴人は、被控訴人は昭和四二年一月一三日から同年八月三〇日ころまでの間、近所の多数の人に対して右訴外人が犯人であると触れまわり控訴人夫婦はそのため多大の迷惑をこうむつた旨主張する。<証拠>によると、被控訴人が、右盗難事件発生後訴外和崎ヤツエが警察において取調べを受けたころまでの間に、同訴外人が前記盗難事件の犯人として極めて怪しい旨を知人に話しており、特に頼母子講の席において講員五、六名を前にして同趣旨の発言をしたこと、本件盗難事件が障害となつて、一度まとまつていた控訴人の長女の縁談が破談となつたことが認められる。しかしながら、被控訴人が控訴人主張のような長期間にわたり、世間に同趣旨の内容を触れ回つたとの事実は認めるに足る証拠がない。甲第二号証の一、二は無記名の投書であつて措信し難い。
そこで、右被控訴人の行為が控訴人にとつて賃貸借を継続し難い程の信頼関係破壊行為に当るものであるか否かについて検討する。被控訴人が、いくら控訴人の妻が情況から考えて怪しいと思つたとしても、警察官にその旨を告げたのは兎も角、警察当局以外の者に対してかかる内容を口外したことは、事柄の性質上控訴人一家の名誉、信用を侵害するものであつて、断じて許容できないところである。しかしながら<証拠>によると、前記のとおり被控訴人が一〇万円を盗まれて控訴人の妻である訴外和崎ヤツエが怪しい旨他人に話したけれども、右訴外人を良く知る人々は皆、被控訴人の右の所為にもかかわらず、同訴外人の無実を信じて決して疑つておらず、同訴外人の信用はさほど傷ついていないこと、控訴人の長女もその後良縁を得て嫁いでいることが認められる。他方<証拠>によると、被控訴人は本件訴の提起がなされた当時六二才の高齢であり、家庭の事情で夫と別居して本件家屋でただ一人花屋を営んでいる不幸な境遇にあること、盗難にかかつた一〇万円は卸屋に支払うため親類から借りてきた貴重な金であり、被控訴人はその紛失によつて精神的に相当な打撃を受けたであろうこと(もつとも、被控訴人の保管方法にも手落ちがあつた。)、被控訴人は、昭和三六年以来本件家屋で花屋を営み得意先も多数できており、月収四、五万円を挙け、他に適当な移転先も見つけがたく、近所に夫の家があるが、夫と性格が合わないため同居することも困難であること、従つて、本件賃貸借契約解除により、甚大な経済的精神的損害をこうむるであろうことが認よられる。<証拠判断省略>
以上の諸事情を総合して考えると、被控訴人の前記所為は必ずしも本件賃貸借を継続し難いものとは断定することはできないから、控訴人の本件賃貸借契約解除が有効であるとは言えない。
第二次に控訴人の解約申入れの主張について考えてみる。
先ず控訴人の本件賃貸借契約解除の主張と解約申入れの主張とは、いずれも控訴人、被控訴人間の本件建物の賃貸借契約終了を原因とする明渡請求であつて、控訴人の解約申入れの主張の追加は単なる攻撃防禦方法の追加提出にすぎないと解すべきであるから、訴の変更に当らないものと言うべきである。次に控訴人の解約申入れの主張は、控訴提起があつたのち二年三ケ月以上経過して行なわれたものであることが、本件記録上明らかであるが、弁論の全趣旨によると、その主張内容は既に原審および当審において取調べずみの証拠を基礎とするものであつて、特に訴訟完結を遅延せしめるものとは認められない。従つて控訴人の本件解約申入れの主張は、これを却下すべきではない。<以下、省略>
(宮田信夫 高山健三 武波保男)